北海道礼文島移住雑感:礼文島における「資本主義」について
(写真は桃岩展望台)
こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。本州はもう初夏のようですが、こちらはまだストーブをつけています。
今回は、島に住みながら最近考えたことを書いていきたいと思います。
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時折、役場の上司であるK氏と島の観光や地域おこしについて議論をすることがあります。
K氏は少し変わった人で、既存の行政の仕組みに止まらず、自らの発想のもと、横断的に動き回るような人です。「すごい人だ」と言われる一方で、「ついていけない」と言う人もいます。
私のみたところ、彼はとても資本主義的な考え方をする人です。それが他の島の人に理解されづらい所以だと思います。資本主義的な考え方とは、「投資」-「利益拡大」に基づく拡大再生産の考え方や、KPIの設定などをもとに未来の予測を立てる思考方法のことです。
「漁業や観光などの現在の生産を維持するだけでは、人口減少と合わせて収益も減っていく。そうなれば礼文町はいずれ立ちいかなくなるはずであり、その前に定住政策にしろ産業にしろ手を打たなければならない」
それがK氏の持論です。現在礼文島の漁業や観光業は比較的潤っているため、差し迫った危険というものはありません。しかし長期的に見れば、彼の言うことも真実性を帯びて来ます。
公共インフラや社会保障が貨幣を媒介として成立している以上、その貨幣を稼がなければならない。K氏は極めて論理的であり、定年退職を前にして、彼は使命感を持って「仕事」に取り組んでいます。しかし、島の人たちのなかには彼の議論に「?」となっている人もいます。
私はこの状況を見ていて、たまたま最近読んだフランスの社会学者ブルデューの『資本主義のハビトゥス -アルジェリアの矛盾』で展開されていた、「資本主義的な」システムと「前資本主義的な」アルジェリア人の間におこっている矛盾に関する議論に類似点を見出しました。
「ハビトゥス」とは、その人の潜在的な行動様式や思考・習慣のことであり、ブルデューは本の中で資本主義化されたフランスによって植民地にされたアルジェリアの現場を考察しています。
ブルデューの見立てでは、アルジェリア人はもともと前資本主義的なハビトゥスを持っており、それは計算することによって未来を予測する発想の欠如、あるいは生産したものを消費するのみで投資に回さないという現在志向あるいは伝統などの過去志向を特徴としています。これは、(こう言ったら怒られるのかもしれませんが)一般的な島の人の思考回路に似ていると思います。それゆえに、K氏の主張がまわりに理解されにくいのではないかと思います。
K氏の言うことは、私にはよく理解できます。彼の言うことは「都会」ではごく当たり前なことだからです。
では、私がK氏の主張に賛成しているのかと言えば、決してそうではないと思います。私はそもそも「資本主義のハビトゥス」を持つ都会のバイオリズムに疑問があって島に来たからです。
もともと経済至上主義的な社会システムに疑問を持っていた私は、経済人類学者カール・ポランニーが『大転換』などで主張したように、経済に社会が埋め込まれるのではなく、社会に経済を埋め込むべきであると考えています。私は、貨幣を媒介としない魚などの物々交換や共助のシステムに興味を持って観察していました。
しかし私が島で目にしたのは、都会と同じように家族や地縁ではなく貨幣を媒介とした社会システムに移行しつつある社会でした。社会学者テンニースは100年以上前に近代化のことを「ゲマインシャフト(地縁共同体)からゲゼルシャフト(利益共同体)への移行」と表現していましたが、まさに礼文島社会もゲマインシャフトは過去のものになりつつあります。
ではK氏の言うように、経済的な考え方がすべてなのかと言われれば、私はそうではないと思います。
私は経済至上主義的な現在だからこそ、互酬性などの「社会的なもの」が重要であると考えています。また、資本主義のハビトゥスに包含された、行き過ぎた「未来志向」、終わりなき拡大再生産への圧力が我々人間を疲れさせていると思っています。私はブルデューの言う「前資本主義的的なハビトゥス」に可能性を見出しており、そう言った視線で礼文島のことを見ています。
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結論めいたものはありませんが、島の暮らしの中で考えたことがお役になればと思って書きました。
余談ですが、最近私はハンナ・アレントの『人間の条件』を再読しています。アレントは人間の活動力を「労働」「仕事」「活動」に分けて、その3つのうち、現在は必要の奴隷である「労働」に過剰な価値が与えられていると論じています。そんな社会において、K氏は「労働」からはみ出て「仕事」「活動」をしているように私には見えます。
そんな生き方もあるのだと、24歳の私は5月の空をみながらぼんやりと思いました。
(参考文献)
資本主義のハビトゥス―アルジェリアの矛盾 (ブルデュー・ライブラリー)
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