Cooking Rebun

Cooking Rebun

日本最北限・北海道礼文島暮らし

食材・お店 / 観光案内 / 地域おこし / 冬の礼文島 / 住民アンケート

北海道礼文島地域おこし:地域住民に聞いた「ほしいお店」の詳細データを公開しました!

f:id:hayato_kat:20171119111602p:plain

(画像は礼文島民に聞いた「ほしいお店」)

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。先日、島に住む地域住民の約半数を対象に「地域おこし」に関するアンケート調査を実施し、集計結果を公表しました。

 

chiikiokoshi.hatenablog.com

 

そして今回、地域住民に聞いた「ほしいお店」の公表用の詳しいデータが作成できたので、公開します。「年齢」「性別」「出身」「居住地域」「今後の礼文島滞在見通し」「ほしいお店」を列にした個票データです。(それ以上の情報は個人情報保護の観点から削除してあります)

 

rebun_demands_store.csv - Google ドライブ

 

礼文島でお店を開こう、礼文島民が何を欲しがっているか、などのマーケティング等にぜひご活用ください!

北海道礼文島移住雑感:「自立」と「依存」について -「つながっていたい」という気持ちは病気なのか?-

f:id:hayato_kat:20170205171154j:plain

(写真は昨シーズンの礼文岳山頂)

 

早くも、礼文島に雪が降ってきました。昨年雪が降った日は「雪だ!」と思ったものですが、今年は「もう雪か...」とため息をつきました。

 

車を運転すると、いたるところで雪かきをする島の人、除雪車などを見かけます。

 

今日は暇だったので、家でネットサーフィンをしていました。

その中で、「依存心」について書いてある記事を見かけました。その記事は、

いつも誰かとつながっていないと不安だという現代人(特に若者)が増えています。...(中略)...どうしたら良いでしょうか。心理学から、解決法をお伝えします。*1

という書き出しから始まっています。

 

また、知り合いに借りた「自殺の少ない田舎を歩く」という内容の本を今読んでいるところなのですが、それを読んでいて思うことがありました。

 

「自立」というイデオロギーが人を苦しめる

冒頭で紹介した記事が何を主張しているのかは読んでいないのでわかりませんが、最近「自立しなければならない」という主張をよく見かけることがあると感じます。

 

自立していないのは異常で、それは自分の心の中にあるAC(アダルトチルドレン)なるもののせいで、「依存」は克服しなければならない。そんな内容が巷に溢れているような気がします。

 

どこかの社会学者が、現代は物事を「心理学的な」用語で説明しようとする傾向にある、というようなことを言っていた気がするのですが、まさにその例だと思います。

 

「自立する」という概念の背後には、「ひとりで生きていくことが可能である」という前提が潜んでいます。貨幣経済の発展している都会では、「金さえあれば」サービスを得ることによってひとりで生きていけるように錯覚するのかもしれません。

 

実際、電気水道ガスなどのインフラが整備され、礼文島でもお年寄りがひとり暮らしすることは十分可能です。たまに湧き上がる「寂しい」という気持ちさえ押し殺せば、万事うまくものごとが進んでいくのです。

 

......本当にそうでしょうか?「つながりたい」という気持ちは病的なもので、操作化されて治療されるべき過去の感情なのでしょうか?

 

礼文島に住んでいて、魚をもらうことがたまにあります。私は正直、濃密な地域の付き合いは苦手です。仕事で島民のお宅を訪ねることがたまにあるのですが、いまだにその距離感がつかめません。

 

というのも、この島にはどうやらチャイムを鳴らす習慣がなく、勝手に内側の玄関(北海道は玄関が二重になっている)を開けて中にいる人を呼ぶのが普通のように見受けられるからです。

 

「魚をもらう」という現象は面白いもので、魚をくれる人があげる人にただ優しくしている、と表面的には見えるし実際その通りなのですが、そこからただちに「田舎の人」=優しい、「都会の人」=ものをくれないから冷たい、と結論づけるのは浅はかであると思います。

 

「田舎の人」は「都会の人」より優しいというアプリオリな仮定を外して物事を見ると、くれる人は長期的にはあげる人に対して労働力、その人しか持っていないもの、便宜などの見返りを期待していると考える方が自然です。

 

その背後には意識しているのか無意識なのかはわかりませんがしたたかな戦略があるような気がします。

 

その戦略とは、相互依存、あるいは貸し借りの連鎖です。田舎の人が「優しい」というのは、純粋な経済的条件に規定されているもので、「都会の人」が「田舎の人」より冷たいとは私は全く思いません。

 

「田舎の人」の「優しさ」とセットになっているのが「近所づきあいのしんどさ」であるのは、その「優しさ」が純粋な好意ではなく、相手が何かを提供したために自分も何かを提供しなければならないという強制力のある義務が存在する証左だと思います。

 

しかし、それでもなお、都会の人である私が田舎に惹きつけられる理由とはなんでしょうか?ひとつは、その「貸し借りの連鎖」の概念レベルでの憧れにあると思います。すなわち、自分の住んでいる都会には満足しているが、その「貸し借りの連鎖」の概念をうまく都会に適合したい。そんなことがあるのだと思います。

 

記事のタイトルに掲げた問いかけ、「『つながっていたい』という気持ちは病気なのか?」に対して、私は「違う」と答えたいと思います。

 

礼文島も輸送ネットワーク、光回線Amazonのおかげで便利になって来ているとはいえ、冬の日にフェリーが欠航になったら辛いものがあります。そんなときは、「助け合わなければいけない」といやでも思い知らされます。

 

24歳も終わりに近づき、島に来てからは2年が経とうとしています。

 

「島に来てよかった」。これだけは本当に、心からそう思います。

 

北海道礼文島地域おこし:私が「地域おこし」を追い求める理由

f:id:hayato_kat:20171115184525j:plain

(写真は地元の小学校の運動会で掲げられた大漁旗

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。

最近は、礼文島の地域住民を対象に「地域おこし」や協力隊等外部人材に対する地域住民の意識調査を実施しました。

 

chiikiokoshi.hatenablog.com

 

集計結果は近いうちに島の広報誌などを通して広く公表していくことを検討しています。

 

礼文島に住む地域住民の半数以上に調査票を配ったこの調査ですが、最近、私はそもそもなぜ礼文島の地域おこしに惹かれるのだろう?と自問することがあります。

この記事では、その理由について書いていきたいと思います。

 

理由:「地域おこし」に日本の未来があるという直感があるから

いきなり大きな話になってしまいましたが、自分を突き動かしている「地域おこし」への熱情の理由はここにあると感じます。

 

都会の本屋にある本などで語られている「地域おこし」は、田舎での目線とはまた異なると思います。都会の人々は、「地域おこし」という概念に、自分たちには足りない部分を補う救世主のようなものを見出しており、私もその一人です。

 

都会(東京などのグローバルシティ)の過剰生産・過剰消費、長時間労働、巨大なシステムに縛られた生き方...に対するオルタナティブを、「地域おこし」という比較的新しい言葉に見出しているのではないかと思います。

 

地方--都会という二項対立ではなく、両者を織り交ぜて発展させることによって創造される新しい「価値」。私はそれを追い求めています。

 

ですが、この視点には大きな課題があります。一読すればわかるように、これはあくまで都会から見た視点であることです。

 

私が追い求めるところの「地域おこし」は、もしかしたらまったく「地域住民」にとってのメリットにはならない可能性を孕んでいます。

 

そのためにも、「地域住民」と「対話」することが大切なのだと、身にしみる毎日です。

 

いづれにせよ、「地域おこし協力隊」が比較的新しい制度であることは間違いありません。熱意のある若者が多数参加しているはずです。私を含めたそれらの若者が、旧来の社会を変える力になっていくことを密かに信じています。

北海道礼文島地域おこし:地域住民に「地域おこし」に関するアンケート調査を実施しました!

f:id:hayato_kat:20171111155838j:plain

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。

 

タイトルにありますように、2017年の6月から10月にかけて、礼文島の地域住民1233世帯のうち53.3%にあたる657世帯を対象に、「地域おこし」や「地域おこし協力隊」等の外部人材に関するアンケート調査を実施し、集計結果が出ました(世帯回収率36.7%)。

 

礼文島民に「あったらいいなと思うお店」「協力隊等、外部人材に期待すること」などを聞いていきました。

 

この記事では、その結果の概要を以下のプレゼン資料で紹介していきたいと思います。

 

調査の内容・単純集計結果の概要プレゼン資料

 
本調査の集計結果報告書、調査計画書等の資料は以下のリンク先にまとめてあるので、詳細を知りたい方はぜひご覧ください。
 

 

chiikiokoshi.hatenablog.com

北海道礼文島生活:【みなさんもネットで買える!】島に住んでいて気に入った食材2選:「糠ぼっけ」「礼文だし」

f:id:hayato_kat:20171022155328j:plain

 (写真は「糠ぼっけ」と「礼文だし」)

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。今日は、私が最近気に入っている島の食材のうち、島に住んでいなくてもネットで帰る商品を2つ紹介したいと思います。

 

目次

1.糠ぼっけ

礼文島はほっけが有名で、ほっけの開き、ちゃんちゃん焼き、醤油漬け、干したものなど、様々な食べ方で消費されます。

その中でも、島民にすすめられて最近はまっているのが「糠ぼっけ」です。糠ぼっけはその名の通りほっけを糠につけたもので、お酒のつまみとしても非常においしいです。

 

なお、この「糠ぼっけ」、島に住んでいなくてもネットで同じものを買うことができます!

 

2.礼文だし

次に紹介するのは「礼文だし」です。こちらも島の人にすすめられて最近使い始めました。利尻昆布をベースにしただしで、ソイのあら汁、豚汁、だし巻き卵、パスタ等何にでも使える万能選手です。位置づけとしては、高級な白だしのようなもので、とてもおすすめです。

 

 

みなさんも、ぜひ一度試してみてください!

北海道礼文島生活:秋の礼文岳フォトギャラリー

f:id:hayato_kat:20171008104012j:plain

(週末は礼文岳でピクニック)

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。みなさんは、この3連休いかがお過ごしでしょうか。

 

天気がよかったので、私は他の協力隊と一緒に礼文島で一番標高が高い山(といっても490m)の礼文岳に登ってきました。今回は、みなさんに写真で礼文岳の景色をお伝えしたいと思います。なお、今回掲載する写真はすべて礼文町協力隊のいながきさんが撮影したものです。

 

www.instagram.com

 

f:id:hayato_kat:20171008103759j:plain

 

f:id:hayato_kat:20171008103850j:plain

 

f:id:hayato_kat:20171008103928j:plain

 

f:id:hayato_kat:20171008104213j:plain

  

f:id:hayato_kat:20171008104052j:plain

 

f:id:hayato_kat:20171008104310j:plain

北海道礼文島移住雑感:どこに「地域おこし」のゴールを設定するか?

f:id:hayato_kat:20170930164420j:plain

(写真は秋の猫岩)

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。今日は「地域おこし」について、私自身の頭の中を整理するために文章を書いていきたいと思います。

 

今更ですが、私は日本最北限の有人離島礼文島で「地域おこし協力隊」をやっています。「地域おこし協力隊」とは、文字通り捉えれば「地域おこし」に協力する仕事をする人です。

 

他地域の協力隊員の成功事例などに目を向ければ、古民家を改装してゲストハウスを作ったり、SNS等を用いた地域の情報発信、農業などの1次産業をブランディングなどをして付加価値をつけた商品にする、などの例がよく言われます。

 

地域おこしには、これらのモデルケースが存在するので、様々な自治体が「わが町も」と言って似たような取り組みをしてみたり、協力隊員になった人が成功事例(あるいは成功させた人)に感化されて似たような取り組みをしているのだと思います。そのすべてがうまくいっているのかどうかはわかりません。

 

協力隊活動は、協力隊員の興味・関心・やりたいことなど、属人的な要素が占める部分が少なくないと思います。とりあえず、上記のようなモデルケースはあるので、それらに取り組むのもいいとは思います。

 

しかし、私個人の性格として世の言説に対して「本当にそうなのか?」と考えてしまうところがあり、また、活動する場所が東京から遠く離れた礼文島ということもあります。

 

そこで、中央で組み立てられたセオリーを一旦脇に置いて、礼文島の地域住民が何を求めているかを調べるために、2017年9月に礼文町役場の協力の下、大規模なアンケート調査を開始しました(配布数;619世帯。島の全人口は8月末現在1,321世帯)。

 

(説明資料)

 

地域おこし活動に従事する前に、「地域おこし」とは何かを考えたいと思ったのです。この作業は、地域おこし活動に取り組むようになっても並行して行うことになるでしょう。

 

「地域おこし」とは何かを考えるため、今回はゴールをいく通りか設定し、その観点にしたがって考えていきたいと思います。

 

(1)地域が経済的・財政的に豊かになるのが「地域おこし」

行政担当者が一番好きなのがこの考え方だと思います。理由はおそらく、そのわかりやすさにあると思います。行政は住民の税金から成り立っており、公平性の大原則があるため、所得などの数字で表すことのできる経済的な効用は住民に説明しやすいのだと考えられます。「経済的発展=善」という図式は、私たちの社会でかなりの程度のコンセンサスを得られているため、説明しやすいと考えられます。

定住人口の増加を願うのも、労働力が経済的豊かさにつながるからでしょう。1次産業の6次産業化も、このパターンに当てはまると思います。

 

(2)地域の「つながり」が増えるのが「地域おこし」

「地域おこし」が集落機能の維持の困難さに対抗するものであると考えるならば、地域の「つながり」、あるいは地域住民同士の「つながり」を増やすのが地域おこしであると考えられるでしょう。こうした「つながり」を資産と捉えた場合、ソーシャル・キャピタル社会関係資本)と呼ばれます。集落機能の維持の方法を、行政組織などの専門的な組織によるのか、町内会などの地縁的な組織でやるのかで、協力隊の活動方法は変わってくると思います。

たとえばコミュニティカフェの運営が目指すところが、このパターンに当てはまると思います。

 

(3)個人の「幸福」が増えるのが「地域おこし」

(1)、(2)は地域の側から地域おこしを考えましたが、地域社会が個人の総体であると考える場合には、個人の「幸福」を増やす活動をすることが「地域おこし」につながると考えることができます。前述のゲストハウスの例は、ゲストハウスの運営によって協力隊を含む住民の幸福度を上げるのを目的とする場合、このパターンに当てはまると思います。

 

上記(1)〜(3)はもちろん排反ではなく、それぞれが重なる部分が大いにあると思います。

(1)〜(3)のどれを重視するのかは、協力隊が持つ価値観によって変わると思います。

 

 

ところで、最近私が関心を持っているのが、(2)・(3)とつながってくるのですが、閉じたコミュニティ同士の関係性についてです。

 

一口に「地域住民」と言っても、様々な人がいると思います。先祖代々その地域に住んでいる人、都会から何かを求めてきた移住者。時として、それらの人々は異質であったりすると思います。「地域」といっても、移住者のコミュニティや地元民のコミュニティなど、いくつかのサブグループに分けることができると思います。

 

そうした仮定のもと、一部のコミュニティを盛り上げることが「地域おこし」なのか、コミュニティ同士の関係性を円滑化させることが「地域おこし」なのか。現在の私は後者の方に傾いています。(その理由は私個人の考え方にあり、アメリカにおいてトランプの大統領選勝利が私にもたらしたショックがもとになっています)

 

そのため、私が設計したアンケートでは、異なる性質を持つ人々同士のつながりが持つ構造を調べることをテーマのひとつに据えました。

 

まだまだアンケートの回収・分析はこれからですが、引き続き地域おこしについてゆるく考えていきたいと思います。