Cooking Rebun

Cooking Rebun

日本最北限・北海道礼文島暮らし

食材・お店 / 観光案内 / 地域おこし / 冬の礼文島 / 住民アンケート

地域おこし協力隊になりたい20代必見!協力隊を経験して良かったこと

f:id:hayato_kat:20180129213402j:plain

(写真は利尻富士と日没)

 

こんにちは。名古屋大学環境学研究科博士前期課程のはやとです。

 

北海道礼文島で地域おこし協力隊を2年やった後、都会に戻ってきて半年が経ちました。

最近は協力隊時代に取り組んだ地域おこしに関する調査で収集したデータの分析が終わり、学会誌にSubmitして一段落ついたところです。査読ドキドキです。

 

家でビールを飲んでいたら、ふと自身の協力隊経験等について書いてみたくなったので、記事を作成します。

この記事では、自身が協力隊をやって良かったなと思ったことを書いていきたいと思います。

 

目次

   

 

経験としての地域おこし協力隊

確認ですが、地域おこし協力隊とは、三大都市圏をはじめとした都市部から最大3年間、田舎に移住することができる制度です。

 

総務省によれば、協力隊員の約7割が20〜30代、約4割が女性だそうです。

協力隊制度の主な目的は「地域おこし活動」と「定住」の2つです。

 

この「地域おこし活動」と「定住」の2つは分けて考えるべき、という指摘があります*1

 

思うに、同じ「若者」でも、20代(特に前半)と30代は違います。

 

30代はライフステージの観点から、「身を固める」あるいは「定住」というものを真剣に考えはじめる可能性があるのに対し、20代、特に20代前半は人生経験として、モラトリアムとして協力隊制度を活用するのがよいのではないかと思います。

 

労働市場の観点からも、20代、特に20代前半は引く手数多ですよね。

ですので、悪く言えば「逃げられる」訳です。

私は、それが悪いことであるとは全く思っていなくて、この国全体の未来を考えた時、都会の人々が若いうちに田舎の社会に触れるというのは、非常に貴重な経験であると思います。

 

私自身のお話をしますと、大学を卒業しての2年間、極寒の地・礼文島で暮らしたことはかけがえのない経験でした。何が、というのは具体的には説明できません(それは文学の領域に属するものかもしれません)。しかし、ただひとつだけ言えるのは、礼文島という視点」が手に入ったということです。

 

大学あるいは都会にいると、ついそこから見える世界がすべてだと思ってしまいます。しかし、理路整然とした世界に対する「理解」あるいは「了解」に対して、礼文島での経験はノーを突きつけてきます。

 

「その事実は礼文島では当てはまらない」という反例、あるいは「わからないもの」、「説明できないもの」が、私の心に沈殿しています。物語は、それほどわかりやすいものではないのです。それは、「私」というものの脱構築(deconstruction)を要求してきます。

   

日本の田舎は「田舎」じゃない??

大学院に入ってから、外国人の留学生と話したり、一緒に日本の田舎に調査に入ったりすることがあります。その中で、特に発展途上国からきた学生は、「日本の田舎は「田舎」ではない」と言います。

 

最初は私も意味がわかりませんでしたが、よくよく話を聞くと、中国やラオス、あるいはアフリカ(マラウイ)の農村は非常に「貧しい」らしいのです。というのも、都市化、産業化が進んだものの、田舎は取り残されるかあるいはむしろ中途半端な貨幣経済化などにより生活は悪化しているとのことです。途上国の農村の教育レベルは、日本の田舎とは比べものにならないくらい低いそうです。

 

そういう意味で、日本の田舎は先進地域なのです。田舎に留学してみよう(責任はとりません)。

   

この国の未来を考えよう

確かに、私が主張したように、単なる経験、あるいは短期留学のような形で協力隊を利用することは、受け入れ先地域にとっては単なる損失であるように見えるかもしれません。

 

しかし、国レベルで考えたらどうでしょうか?

一定期間、新しい可能性を求めて田舎に移住し、新しい価値観・可能性を求めて活動するのと、都会に「引きこもって」人口減少・経済の衰退、あるいは物質文明のゆるやかな死に見て見ぬふりをしているのと、どちらがいいと思いますか?

 

私自身、今後どうするのかは全くわかりません。しかし、この国の「閉塞感」を打破するためにも、「とりあえずやってみよう」というのは非常に重要だと思います。

 

 今日を維持することよりも、明日を創ることに目を向けよう。

 

ビール片手に長いこと語ってしまいましたが、今日はこれくらいにしておきたいと思います。

 

おまけ:

www.youtube.com

*1:藤田容代. (2015). 地域おこし協力隊事業の向上に向けた取組み: 七ヵ条, 心得集, チェックポイントの作成. 島根県中山間地域研究センター研究報告, (11), 31-38.

礼文島と「民主主義」 -あるいは「当たり前」を崩すということ-

f:id:hayato_kat:20170729201517j:plain

 

こんにちは。元・礼文町地域おこし協力隊のはやとです(この記事の内容はあくまで一私人の見解です。現在の協力隊や礼文町役場とはなんの関係もありません)。

 

今年(2018年)の3月までの2年間、地域おこし協力隊として礼文島で活動していました。そして4月からは、名古屋大学環境学研究科社会学講座の大学院生になりました。

 

そろそろ、タコやボタンエビなどの島の海産物や、たちかまなどの珍味が恋しくなって来ました。当然ですが、都会の海鮮居酒屋などではその欲求を満たすことができないので、残念です。

 

礼文島唯一の幹線道路である船泊(島の北側)から香深(島の南側)へ続く道路は、通勤で使っていたためおそらく700回くらいは通っていたのですが、島を去った後は悲しいことにその記憶も徐々に薄れていきます。

 

都会に帰って、元どおりの「当たり前」の世界に戻ると、様々なものが見えてきます。

 

「当たり前」の上に成り立った社会や学問の枠組みも、「礼文島の視点」を加えると、また違ったように見えるのです。

 

逆に、礼文島で「当たり前」とされていたことも、都会で教育を受けた自分の観点から見ると面白く見えることが多々ありました。

 

この記事では、雑多なそれらのことを、忘れないうちに書いていきたいと思います。

 

日本に民主主義はあるのか

いきなりタイトルが飛んだように見えますが、これにはわけがあります。私の見立てでは、礼文島の人々の意識の深層構造は、いわゆる「日本人」のそれをもっとも色濃く反映しているように見えました。日本人の意識を地層に見立てれば、比較的古い部分を直に観察できるといったところでしょうか。

 

大学や美術館などの「教育」「文化」、あるいは裁判所や税務署などの「制度」がない島にとって、「学校教育」や「選挙」、あるいは「法律」などは、すべて中央から伝わったものです(その「中央」の人々の「文化」も、もとをたどればヨーロッパのある地域から来たものです)。小学校、中学校、高校の先生という、学校文化を持った人たちがほとんど全員、島民ではなくて外の世界から派遣されて来た人たちである、というのが象徴的にその事実を表していると思います。

 

行政は、少なくとも手続き上、あるいは書類の上では民主主義の原則に立っています。しかしそれらは島の人々の生活からすれば、遠い遠い、ものすごく遠いものです。

 

学校では「民主主義=善。選挙に行こう」と習います。日本は民主主義国家ということになっています。

その「民主主義」が成立するためには、「市民」が存在することが前提となりますが、おそらく島に「市民」の精神構造を持つ人はほとんどいないと思います。

そのため、手続きの上では民主主義でも、結局はパターナリズム(恩顧=庇護主義)の上に成り立っているのがほとんどだと思います。

 

礼文島の人がやたら世話好きであるのも、このパターナリズムの延長だと考えてよいと思います。

 

ところで、チャーチルやアクトン卿の言葉を待つまでもなく、学校などでは、民主主義は良いことで、それ以外は悪いことだとされています。

しかし、本当に、パターナリズムは悪いことで、民主主義は良いことなのでしょうか?

 

島で生活していると、いかに学校で習うことが島の生活と関係ないのかがよくわかります。

島に住んでいると、学校の成績評価が、いかに中央の基準に従った「実態のない」ものなのかがよくわかります。

 

実際、漁師の風を読む「知識」は、論文という形で生産された大学の「知識」とそんなに違いがあるのでしょうか。

 

遠藤周作が『沈黙』の中で、日本にキリスト教は馴染まない、本来のキリスト教が日本流に変形されている、というようなことをいっていましたが、それは日本という国の本質的な部分なのかもしれません。

 

上記のことは、もしかしたら、文化人類学あたりですでに語り尽くされているのかもしれません。

 

私自身の価値観で言えば、市民や民主主義の概念は私の好むところではあるのですが、上記のような構造に自覚的になれば、もう少し世の中をクリアーに見ることができるのでしょうか。

 

私の目には、あらゆるものが疑問に見えます。そして、その疑問に吸い寄せられるように、きっと私は東京から礼文島に飛び立ったのだと思います。

 

その根底には、今まで「当たり前」だとされていた価値観、「正しいこと」と「正しくないこと」の間に並べられた大小関係を転倒させたいという密かな野望があったと思います。

 

島の経験、あるいは視点を現在の生活や研究にどう落とし込めばよいのか、非常に苦しいところではありますが、これは真っ当な苦しみであると信じて、やるべきことをやっていきたいと思います。

【2018年3月18日掲載】北海道新聞「風 論説委員室から」で礼文町住民調査が引用されました!

f:id:hayato_kat:20180322195353j:plain

 

こんにちは。はやとです。

 

私たち地域おこし協力隊が昨年礼文町で行った「地域おこし」や協力隊に関する地域住民の意識調査が、北海道新聞の社説で引用されました!

 

記事内容はこちら:

よそ者、若者、ばか者 高須賀渉:どうしん電子版(北海道新聞)

 

地域おこし協力隊と、受け入れ先の自治体の意識について、本調査を引用しつつ論じています。

 

私たちの活動が、地域おこしへの一助になればと思います。

 

調査概要・結果等はこちら:

chiikiokoshi.hatenablog.com

Cooking Rebun : おすすめ記事5選

f:id:hayato_kat:20170729180820j:plain

 

こんにちは。はやとです。

この記事では、礼文島を知るための、おすすめ記事5選を紹介したいと思います。

 

礼文島といえばうに!うにについての記事:

cookingrebun.hatenablog.com

 

礼文島のトレッキングコース、そのなかでもお手軽な桃岩展望台コースについての記事:

cookingrebun.hatenablog.com

 

島外でも買える島の珍味についての記事:

cookingrebun.hatenablog.com

 

礼文島生活、冬の雪かきについての記事:

cookingrebun.hatenablog.com

 

筆者ら地域おこし協力隊が2017年に実施した、礼文町の地域おこしに関する調査についての記事:

cookingrebun.hatenablog.com

礼文島移住雑感:島を出るということ

f:id:hayato_kat:20180317185719j:plain

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。

 

私は、この3月末を持ちまして、地域おこし協力隊を退任し、大学院に進むことになりました。

 

「島を出る」前に、親しかった人やお世話になった人に挨拶に回ったり、飲みに行ったりしました。

 

そして、今日がお別れの日でした。

 

乗船するフェリーには、職場の同僚が見送りに来てくれました。私自身、何回か見送りにいったことはあるのですが、自分が見送られるのは初めてのことです。

 

3月で退任することはかなり前から決まっていたのですが、出航する直前まで島を離れる実感がどうしても湧きませんでした。

 

ですが、接岸していた岸壁からフェリーが切り離された瞬間、自分は島を去るのだ、と自覚しました。

 

ターミナル付近で手を振ってくれている彼らは小さくなっていきました。

あとは、雄大利尻富士と、どこまでも続く水平線、それに私を育ててくれた礼文島が見えるだけです。

 

稚内までのフェリーは2時間近くあるのですが、乗船がこれほど長く感じ、「島から離れたくない」と思ったことはありませんでした。

 

フェリーは稚内を目指して進んでいきます。

デッキに出て、私はひとり遠くなる礼文島をいつまでも眺めていました。

 

*お知らせ*

引き続き、Cooking Rebunは礼文島の情報を加筆修正していきます!

 

また、大学院生として別ブログ「地域おこしリサーチ」にて地域おこしに役立つ情報を発信していく予定です!

chiikiokoshi.hatenablog.com

 

どうか今後ともよろしくお願いします。

地域おこし協力隊と地元住民の協力関係に関する一考察 -お互いの不足を補うー

f:id:hayato_kat:20171008104142j:plain

(写真は礼文岳から見える利尻富士

 

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。
昨年、島内の地域住民を対象に、「地域おこし」に関する大規模なアンケートを実施しました。

 

chiikiokoshi.hatenablog.com

 

調査結果の概要


その結果を踏まえ、協力隊は2018年4月21日(土)にフリーマーケットを実施します!

 

(詳細)

フリーマーケット案内


先日、協力隊はフリーマーケット開催準備のために、地元の商工会、漁師の方などから島を盛り上げたいという熱い志を持った方々が集まった「島おこし全力隊」とのミーティングを行いました。


意外と島で暮らしていても地元の方々と触れ合う機会は少ないため、私はとても緊張しました。

 

島おこし全力隊は、見た目はいかついですが中身はフランクな方々で、島民目線からフリーマーケットその他に関する大変有用なアドバイスをいただきました。

 

また彼らの方でも、フリーマーケットの開催後に近くのバーで夜の部を開きたいとのことで、協力隊と一緒にやっていこうという流れになりました。


私は、このミーティングの後、我々協力隊はこの島で何ができるのか、「全力隊」の方々との関係から考えてみました。

 

地域おこし協力隊の、地域住民の方々に対する「強み(strength)」は何か?

 

正直なところ、地域の新参者である私たちに強みはあまりないと思います。

 

しいて言えば、地域のしがらみを受けることが少ない点、「思い切ったこと」をやることに対して地元の人々より抵抗が少ない点、他の地域(特に都市部)とのつながりを持っている点、人によってはデザインやデータ分析などのスキルを持っている点、が挙げられるかと思います。


私たち協力隊は、これらの「強み」をいかして、あくまで地元の「先輩」である地域の人々のうち、地域おこし等への熱い想いを持っている人と連携しつつ、彼らに学びながらやっていくのが一番現実的で、よいのではないかと思います。


「地域おこし」の着地点がどこなのか、いまだ結論はわかりませんが、私たちの取り組みが、礼文町、そして地域社会の発展の一助となればと思います。

礼文島で「第10回雪あかりフェスタ」が開催されました!

f:id:hayato_kat:20180213213603j:plain

こんにちは。地域おこし協力隊のはやとです。

 

みなさんは、2月の3連休をどのように過ごしたでしょうか。

礼文島では、島の有志の方々が中心となって、「雪明りフェスタ」が開催されました。

このイベント、去年は雪が少なかったため実施できなかったそうですが、今年で10回目になります。

 

会場には、雪像、滑り台、アイスキャンドルなどが用意されました。子供達のためにポップコーンも配られました。

 

f:id:hayato_kat:20180213213843j:plain

f:id:hayato_kat:20180213214040j:plain

f:id:hayato_kat:20180213214135j:plain

 

私たち協力隊は、1週間ほどかけて、トトロの雪像を製作しました!

(初日)

f:id:hayato_kat:20180213215016j:plain

(最終日)

f:id:hayato_kat:20180213214701j:plain

 

寒さの厳しい冬の島に、少しだけ彩りが添えられました。

 

f:id:hayato_kat:20180213215218j:plain